Novel Creator として創作活動しています。小説『ネット恋愛』・・・3の倍数日に連載中☆ミ・・・☆

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小説『ネット恋愛』第1章 第12話 手紙

 第①章 出会い  

第12話 手紙


 ミリアンの母親からの伝言を受け取った日以来、すっかり気持ちが暗くなった僕は、ミリアンたちが働く“南米のフロア”へ行くことはなくなった。ミリアンに会うと悲しくなるのが理由だった。
すっかり元気がなくなって口数も減ってしまった僕を、同じ日本人の仕事仲間たちが僕を慰めようと飲みに誘ってくれたりしたけれど、心が晴れることはなかった。

 それはミリアンも同じだったらしい。

 時々、遠くから見かけるミリアンは明らかに元気がない様子で、南米の仲間たちと一緒にいてもひとり沈み込んでいるような姿が印象的だった。

 そんなある日の朝、物流センターの一階入口で、不意にミリアンと目が合った。ミリアンは微笑みながら黙って僕を見続けていたけれど、僕は「ボン・ジーア」と挨拶だけしてすぐに目を逸らして通り過ぎてしまった。

 別にミリアンのことが嫌いになったわけではない。ミリアンのことが愛しくて仕方がなかったからこそ、その存在を間近に感じることが辛くて切なかったのだ。

 近々、ミリアンはブラジルに帰る。

 それは東京と大阪といった日本国内の距離で離れてしまうのとは訳が違う。ミリアンは地球の裏側へと去ってしまうのだ。同じ時刻に、同じ太陽や月さえ眺めることができない地球の裏側にあるブラジルに。

 僕はミリアンを追って地球の裏側にあるブラジルへ移住しようかと考えてみた。しかしブラジルに関する情報を集めているうちに、移住と、その後の生活は、現実的に極めて厳しいという結論に達した。ポルトガル語をまともに話せないうえブラジル社会のことをよく知らない日本人が、ブラジルでまともな仕事に就いて生きていけるのだろうか?それにもしも、ミリアンと仲違いしたらブラジルで生きる意味がなくなる。一時の感情だけで大金とリスクを賭けて地球の裏側まで行くことはできなかった。

 だから諦めるしかなかったのだ。



 ミリアンと逢うことがなくなってから一週間ほど過ぎた日のこと。僕たち日本人が働く倉庫内のフロアに、突然、ミリアンが現れた。ミリアンが自分から、僕が働くフロアに現れるなんて初めてのことだった。

 フロアの入口から作業場の僕を恥ずかしそうな表情で見つめているミリアンに気づいた僕は、何か用件があるのだと察して彼女に駆け寄った。

 「ボン・ジーア、トゥードゥ・ベイン?」

 僕は久しぶりに間近で見るミリアンに微笑みながら『おはよう、元気してる?』と尋ねた。ミリアンは恥ずかしそうに微笑みながら頷いた。そして手に持っていた封筒を無言で僕に差し出した。どうやら手紙らしい。

 ミリアンからの手紙を受け取った僕は、あまりにも予想外で突然の出来事に驚きつつも、まだ愛しくて仕方のない彼女からの手紙に嬉しくなった。そして照れながらミリアンを見つめた。僕に見つめられた恥ずかしがり屋のミリアンは、顔を少し赤らめながら目を伏せてうつむいた。そして再び僕を見上げると、ミリアンの顔が僕のすぐ目の前にまで近づいた。

 次の瞬間、僕の唇に温かく柔らかな甘い感触が広がった。僕の唇に一瞬のキスをしたミリアンは、優しさと寂しさを湛えたような瞳で僕を見つめた。そして「ヒロ、アリガト」と言い残して足早にフロア入口から出て行ったのだった。階段を下っていくミリアンの足音と一緒に微かに鼻をすする音が聞こえてきた。

 それが最後に見たミリアンだった。



 ミリアンからの手紙を受け取った日、アパートに帰宅するやすぐにポルトガル語辞書を片手に、彼女直筆によるポルトガル語の手紙を翻訳しながら読んだ。

 『親愛なるヒロアキ。短い間だったけれどヒロアキと過ごした時間は楽しかった。でも私はブラジルに帰らないといけない。本当は、このまま日本に居たかった。私はブラジルに帰ってもヒロアキの幸せを願っています。ヒロアキ、あなたと知り合えて良かった。あなたは、いつまでも私の大切な友だちです』

 手紙の文末のポルトガル語、アミーゴという言葉を見つけたとき、僕の両眼から涙が溢れ出てきた。その涙は悲しみや寂しさからもたらされたものではなく、嬉しさからだった。

 ミリアンはブラジルへ帰国する。おそらくもう二度と逢うことはできないだろう。それでもミリアンは僕を大切なアミーゴ(友だち)として想ってくれているのだ。そして何よりも、ミリアンの想いを綴ってくれた手紙をもらうことができた。もしミリアンが僕に対して何の気持ちも抱いていなければ、このような手紙を書いたりはしないはずだ。

 そんなミリアンの気持ちが嬉しくて涙が溢れ出たのだった。



 それからまもなく、ミリアンがブラジルへ帰国したと南米の仲間たちから知らされた。母国へ戻ったミリアンを追うつもりはなかったけれど、それからまもなくして僕も職場を去った。

 ミリアンがいなくなってしまった職場には空虚さしか感じられなくなったからだった。同僚の日本人や南米の仲間たちは楽しい人たちではあったけれど、ミリアンという愛しい存在を失って心にポッカリと穴が開いてしまっている僕には、誰にも、何をもってしても埋めようがなかった。

 滅多に一目惚れをしない僕が、ミリアンに魂を奪われるほどの一目惚れをして瞬く間に恋に落ちたのは、いま思えば、運命だったと確信できる。そしてこのような別れ方をしたのもまた運命だったと思う。

 ミリアンとは結ばれることはなかったけれど、彼女は間違いなく、僕の運命の人だったのだ。



(次回、小説『ネット恋愛』の更新は10月12日の予定です)



 

小説『ネット恋愛』第1章 第11話 伝言

第①章 出会い  

 第11話 伝言

 
 ミリアンへ告白した日は土曜日だった。

 翌日の日曜日は仕事が休み。そしてその翌日の月曜日に出勤した日のことだった。

 昼休み、いつものようにミリアンがいる三階フロアへ行くと、僕を見る南米の人たちの雰囲気がいつもと違っていた。ミリアンの姿もなかった。僕が拍子抜けしたように突っ立っていると、一人の男性が近づいてきた。

 フィデルだった。

 フィデルはペルーからやってきた労働者で、僕より五歳年上。日本語が堪能で陽気な性格なので、僕ともすぐに親しくなった。そんなフィデルが沈痛な面持ちで僕に近づいてきたのだ。僕は何か嫌な予感がした。

 フィデルは、僕の正面に立つと流暢な日本語で話しかけてきた。その口調は重々しい。

 「ミリアンのお母さんから伝言があります」

 「ミリアンのお母さんが僕に?」

 「はい。伝えてくださいと言われました」

 そういえば、ミリアンと一緒に働いている彼女の母親の姿も見えない。

 フィデルは話を続けた。

 「ミリアンは、またブラジルに帰ります。家族みんなで帰ります。だからミリアンだけを日本に残すことはできません」

 それを聞いた僕の呼吸が一瞬止まった。しかしすぐに短く息を吸い込むと早口でフィデルに尋ねた。

 「いつブラジルに帰るの?」

 「わかりません。だけど、それは近いです」

 僕はショックで黙り込んでしまった。

 ミリアンは日系人として日本に永住していると思い込んでいたため、ブラジルに帰るなんて思ってもみなかったからだ。ミリアンとその家族は就労のために、一時的に日本に滞在しているだけだとフィデルに知らされたのだった。

 ショックでうつむいて黙り込んでしまった僕にフィデルは同情したのか、僕の左肩を軽く叩くと何も言わずに僕から離れ始めた。

 「フィデル」

 僕がフィデルの名前を呼ぶと彼はこちらを振り返った。

 「今日、ミリアンは休み?」

 「休みですね」

 「病気じゃないよね?」

 「はい。用事で休んでいます」

 「そっか。フィデル、わざわざ伝えてくれてありがとう」

 僕は力なく微笑みながらフィデルに礼を言うと、フィデルも微笑みを浮かべて頷き、そして去って行った。フィデルが立ち去ったあと、僕もすぐに“南米のフロア”をあとにしたのだった。



 ショックだった。

 本当にショックだった。

 こんなにミリアンのことが大好きなのに。それなのに、どうして?

 アルバイトを終えて帰途に就くなか、京葉線電車内の僕は、乗降扉に全身を預けるようにもたれかかりながら、車窓から見える灰色のマンション群を茫然自失となって見つめていた。

 ミリアン・・

 愛しいミリアンの笑顔を思い浮かべたとき、見つめていた風景は瞬く間に遠のき、右目からは一滴の涙がこぼれ落ちた。

 葛西臨海公園駅で下車してから、アパート近くにあるコンビニまでの徒歩十五分の道のりは、まったく距離を感じさせなかった。

 コンビニへ入った僕は、好きでもないお酒であるブルーハワイを買うと、隣接する総合レクリエーション公園に入った。そして公園の街灯に照らされた冷たそうなベンチに腰を下ろした。

 ベンチに座るとすぐにビンの蓋を開けて、淡い青色の液体であるブルーハワイを口に流し込んだ。味なんてどうでもよかった。とにかく心の中に溜まっている悲しさと重苦しさを流し去ってしまいたかったのだ。

 太陽が完全に沈み込んで薄暗くなった空には、すでに満月が昇っていた。

 「ミリアン・・」

 僕は満月を見上げながら愛しい人の名前を呟いた。そしてさらに美味しくないアルコールを口に注ぐ。一息では飲み干せないお酒を、僕は鼻をすすりながら何度も何度も口に注ぎ込んだ。

 でも酔えない。

 普段からお酒を飲んでも陽気になれない僕には、アルコールを口から注ぐことなど自棄酒を飲んでいるという自分自身へ向けたパフォーマンスでしかなかった。そんなことをしても自分の心が晴れることなどないと十分に分かっていた。だけど何かしないことには、この重苦しい悲しみから逃れ得ようがないのだ。

 アパートに戻ってすぐにベッドに伏した僕は、自分だけの空間へ戻ってきたことで感情をストレートに吐き出した。そして男ながらに泣いた。隣の部屋との壁の厚みが薄いことなど気にすることなく、声をあげて泣いた。

 心の中で、男のくせにこんなことで泣くなんて・・という冷たい理性の声が聞こえてきた。だけど僕は悲しみの感情に抵抗することなく、ただ素直に泣き続けた。泣きながら両手で鷲掴みにした毛布がいつもより柔らかく感じた。悲しみで胸が張り裂けんばかりの僕にとって、いま両手で掴んでいる毛布だけがこのうえなく優しく感じた。そして、いつのまにか僕は眠りに就いていたのだった。



(次回、小説『ネット恋愛』の更新は10月9日の予定です)







小説『ネット恋愛』第1章 第10話 ミリアン

第①章 出会い  

第10話 ミリアン


 二年前の初夏、東京・若洲にある物流センターの倉庫でアルバイトをしていた僕は、ミリアンという名前のブラジル人女性に一目惚れをした。
 あの日、作業場のある五階からエレベーターで降りているとき、三階からそれに乗り込んできたミリアンを一目見た僕は、思わず固まってしまった。彼女を見た瞬間、僕の理性は無力化されて瞳孔は完全に見開き、魂そのものが彼女という存在に引き込まれてしまったのだ。

 ミリアンはブラジル人といっても日系四世であり、外見的には日本人と変わらなかった。ただ、ブラジルで育ってきたせいか肌が若干浅黒く、ウェーブのかかった肩まで伸びる長い黒髪はブラジル人らしさを感じさせた。そして彼女の瞳は大きくて美しく、僕には魅惑的だった。そんなミリアンは十八歳で、家族と共に来日して横浜に住み、彼女の母親と一緒に同じ職場で働いていた。

ミリアンが働く物流センターの三階では、海外の日系人や南米の人々が派遣スタッフとしてグループを成して働いていた。そのせいかミリアンは日本語をあまり話せなかった。

 ミリアンに一目惚れしたことで情熱的なアプローチを始めた僕は、日本語が話せない彼女と会話するために、彼女の母国語であるポルトガル語を独学で学び始めた。しかし、すぐにポルトガル語をマスターできるわけではない。そのため、ミリアンと話すときは、日本語を話せる彼女の仕事仲間に通訳してもらうしかなかった。しかしそれでは、踏み込んだ内容の会話はできないので口説くことさえままならない。それに通訳してくれるミリアンの仕事仲間のことを考えると、僕ら二人の会話のために貴重な休憩時間を奪ってしまうようで心苦しい。

 そう思った僕は、職場に日葡辞書を持っていき、辞書を交えながらミリアンとの二人だけの会話を試みた。しかしそれでも大した内容の会話はできず、そのためミリアンが困惑した表情を見せることも少なくなかった。

 やがて僕は、三階で働く南米の人たちの間で話題の人となった。

 ブラジルの女の子を口説こうとしている日本人がいる、と。

 しかし、その好意的な話題がきっかけとなって南米の人たちとも仲良くなった僕は、昼休みに物流センターの駐車場で彼らとサッカーをするようになった。そして南米の人たちと駐車場でサッカーを始めると、ミリアンたち南米の女性たちも駐車場の端に集まって、おしゃべりをしながらサッカー観戦をするようになった。

 そんなある日のこと、いつものように職場の駐車場で南米の仲間たちとサッカーをしていると、ボールが駐車場の端にいるミリアンの方へと転がっていった。ボールはミリアンの足元に転がり、そして止まった。僕がボールを追いかけてミリアンの足元にあるボールを拾い上げると、彼女と目が合った。その瞬間、ミリアンは恥ずかしそうに何か言葉を発しながら両手で自分の顔を覆った。そんなミリアンの様子を見ていた彼女の友人たちは、にこやかな笑い声をあげたのだった。

 僕と突然目が合っただけでこんなに恥ずかしそうな反応をするなんて、今どきの日本人女性には滅多に見られないのじゃないかな。

 僕は、そんなミリアンに純情さを感じて、さらに惚れ込んだのだった。

 そんなミリアンと知り合って一カ月ほど過ぎた日のこと。僕は、職場での昼休みに、誰もいない五階のフロアへミリアンを連れて行った。

 休憩時間で誰もいない静かな倉庫内で、僕はミリアンの大きくて美しい瞳を黙って見つめた。不思議そうな表情を浮かべて僕を見ているミリアンを見つめながら、僕はポルトガル語を発した。

 「ゴスト・ジ・ヴォセッ」

 ポルトガル語で『君が好きだ』と伝えた。

 僕からの告白を受けたミリアンは、恥ずかしそうに微笑みながら頷いて何やら短い言葉を発したけれど、聞き取れず理解できなかった。

 「僕のこと、嫌い?」

 ミリアンの反応に少しばかり不安を覚えた僕は、ポルトガル語で尋ねてみた。すると、ミリアンは「ナォン」と否定しながら首を大きく左右に振った。そして照れたような表情を浮かべながら黙って僕を見つめ続けていたのだった。

 結局、ミリアンへの告白の結果は、彼女の発した言葉が僕には理解できず、その気持ちも分からないままだった。だけど、誰もいない五階フロアでの二人だけの時間は幸せに満ちていた。しかしそんな幸福感は、突然終わりを告げることになる・・



(次回、小説『ネット恋愛』の更新は10月6日の予定です)





小説『ネット恋愛』第1章 第9話 書店にて
第①章 出会い  

第9話 書店にて


 地下鉄経由で葛西に戻った頃には、空は濃厚な灰色の曇り空に変わっていた。しかし天気がどうなろうと早く帰る必要はないのだ。僕は葛西駅前の書店に入った。暇つぶしが目的だった。

 書店に入り、旅行雑誌が並んでいるコーナーを何気なく歩いていると、『カップルで行く東京デートスポット・おススメ特集』という表題の雑誌が目に留まった。だけどすぐに目を逸らした。

 こんな特集の雑誌なんて、カノジョがいない僕が見てもしょうがないじゃないか。でも・・

 僕は視線を先ほどの雑誌に戻すと、それを手に取ってパラパラとページをめくってみる。

 お台場、東京タワー、品川水族館・・

 誰でも知っている場所ばかりじゃないか。だけど、これらの場所がデートスポットだと知ってしまったら、もう独りでは行けないな。もし独りでデートスポットを訪れてしまった日には、周りはカップルだらけで、僕は逃げるようにその場を立ち去らなければいけない。カップルだらけの場所でカノジョのいない男が独りで歩いているなんて恥ずかしすぎるからだ。だけど、もしカノジョがいたらお台場デートなんか楽しくてしょうがないだろうな。

 カノジョと二人で乗るお台場の観覧車、レインボーブリッジなど東京湾岸の美しい夜景をカノジョと肩を寄せ合って眺める。そしてそんな夜景を眺めながらのレストランでの食事。僕はワイングラスを傾けながらカノジョと微笑ましく見つめ合う。そんなロマンティックな食事を終えたあとは、もちろんホテルへ。そしてベッドの上で激しく愛し合うのだ・・。

 蛍光灯の照明がやたら明るく感じられる店内で、僕は雑誌を開いて見入ったまま、ロマンティックな妄想に耽った。

 よし、必ずカノジョをつくるぞ。

 心の中で改めて意を決した僕は、雑誌をパタンと閉じると本棚へと戻した。そして書店を出ようと店の出入口へと向かった。

 そのとき、書店の出入口の自動ドアが開き、女子大生と思われる可愛い女性が現れた。ロングヘアの黒髪で白い清楚な感じのワンピースを着ている、まさに僕好みの美女だ。しかしそんな僕好みの美女は、目の前にいる僕を一瞥さえしないで僕の側を通り過ぎて行った。書店の自動ドアを抜けて外へ出た僕は、ため息をついた。

 せっかくこうして僕好みの美女を見かけても、何もできやしない。声をかけようにも理由がない。ナンパの達人ならなんとかできるのだろうけど、僕には、そのノウハウも度胸もない。

 学生の頃は同級生の女子と仲良くなれる機会は幾らでもあったし恋をするチャンスにも恵まれていた。しかし知人が極めて少ない東京での独り暮らしのなかでは、出会いの機会なんてほとんどない。それに、職場に好みのタイプの女性がいる可能性は高いとは言えない。仮にいたとしても、カレシがいる可能性は高い。カレシがいないとしても、必ずしも友達としてのスタート・ラインに立てるとも限らない。例え友達になれたとしても、彼女にとって僕は好みのタイプではないかもしれない。

 こうして考えてみると、好みのタイプの女性と知り合うこと自体が奇跡であり、さらに多くの偶然と段階を経て恋人同士の関係にまで発展させるには、奇跡以上の奇跡が必要になる。

 まさに“運命”でなければいけないのだ。

 しかし運命の出逢いなんてそうそうあるものではない。一生に一度か二度、あっても三度くらいのものか。

 何をもって運命の出逢いと位置付けるかによるけれど、仮に運命の出逢いというものが一目惚れによる出逢いだとするのなら、そのような運命の出逢いは二年前に起きていた・・



(次回、小説『ネット恋愛』の更新は10月3日の予定です)




小説『ネット恋愛』第1章 第8話 エース・パイロット
第①章 出会い  

第8話 エース・パイロット



 新宿駅で下車した僕は、歌舞伎町にある行きつけのゲームセンターへ入った。そこには、いま夢中になっているシューティング・ゲームがあるのだ。それは戦闘機のコクピットに似た形をした座席に座って操縦桿を制御しながら、まるで戦闘機で空中戦を行っているような感覚を味わえる体感ゲームでもあるのだ。

 僕は、この戦闘機の体感ゲームが大好きで得意でもあった。そして、常にスコアはトップだったので、このゲームを終えると自信に溢れて満足感を味わうことができるのだ。

 そう、このゲーム世界における僕は、他の追随を許さないエース・パイロットなのだ。

 そんなエース・パイロットの僕は、ゲームセンター店内で可愛い女性店員を見つけた。

 女性店員の髪は茶色かかった黒髪で肩あたりまで伸びている。少しばかりシャープな印象がありながらも大きくて綺麗な瞳、まさに僕の好みのタイプだ。

 そんな女性店員は赤と黄の明るい色彩の制服を着て、おとなしそうにカウンターに立っていた。

 可愛いな、と思いながらカウンターから離れた場所で女性店員を眺めていると、僕の視線に気づいた彼女と目が合った。目が合って動揺した僕に対して、女性店員は微笑みながら軽く会釈をしてくれた。僕も照れ笑いを浮かべながら軽く会釈を返した。

 もしかしたらあの子、僕に気があるのかもしれない。

 なんとか仲良くなりたい。話しかけてみようかな?だけどいま彼女は仕事中だから話しかけるのは気が引けるし、周りからナンパしていると思われるのは恥ずかしい。だったらメル友になってくれるようにお願いしてみよう。彼女がメル友になってくれたら、あとはメールを交わし続けるだけで仲良くなれるだろう。

 僕は背負っているリュックサックからメモ帳とペンを取り出した。ちなみにこのリュックサックは、仕事先へ必ず持っていくこともあり、メモ帳やペンなどが常備されているのだ。

 僕は取り出したメモ帳を開いて自分のメールアドレスを書き込むと、そのページを指先でちぎった。そしてそれを手にカウンターの女性店員に近づくとおもむろに差し出した。

 「よかったらメールください」

 緊張で顔を少し強張らせた笑顔でそう伝えながら、メールアドレスが書かれたメモ帳の切れ端を女性店員に渡した。それを受け取った女性店員は黙ってメモ帳の切れ端を見つめた。そんな様子を認めた僕は、恥ずかしさのあまり足早にカウンターから離れたのだった。

 急ぎ足でカウンターから離れて数秒後、僕は振り向いて女性店員の反応をうかがってみた。すると、なんと女性店員は、僕が渡したばかりのメモ帳の切れ端を、無表情のまま無造作に丸めてカウンター脇のゴミ箱に捨ててしまったではないか。僕はショックで唖然としたけれど、すぐに我を取り戻してゲームセンターの出入り口に向かって足早に歩き始めた。僕の心の中は屈辱感でいっぱいになった。

 こうして、先ほどまで自信に溢れていたエース・パイロットは、いとも簡単に“撃墜”されて心まで折れてしまったのだった。



 “撃墜”されてから三十分後、僕は人気(ひとけ)の少ない新宿中央公園のベンチに座っていた。そして、ぼんやりと正面を見つめたまま、先ほどのゲームセンターでの出来事を思い返していた。

 てっきりあの女性店員は僕に気があると思っていたのに・・。僕に投げかけてくれた笑顔は単なる営業スマイルだったのか。これだからうわべだけの営業スマイルは嫌いなんだ。勘違いしてしまうから。

 僕は黙って空を見上げた。公園内の木々の合間に見える空には、いつのまにか灰色かかった大きな雲が認められた。

 さっきまであんなに晴れていたのに曇ってきたぞ・・。

 だらしなく口をぽかんと開けて曇りゆく空を見上げていると、僕の目の前を、男女のカップルが手をつないで幸せそうな雰囲気を醸し出しながら通り過ぎて行った。

 そんなカップルの後ろ姿を黙って見つめていた僕は、大きくため息をついて頭を垂れた。すると僕の靴の近くでアリが一匹、落ち着きなさそうに右往左往しながら歩いているのを見つけた。そんなアリを見つめていると、なんだか自分自身を見ているようで情けなくなってしまった。

 「帰ろう・・」

 僕はひとり呟くと、足元のアリを潰さないように気をつけながら立ち上がった。そして新宿駅へ向かって歩き始めたのだった。


(次回、小説『ネット恋愛』の更新は9月30日の予定です)





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